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大分地方裁判所豊後高田支部 昭和47年(ワ)8号 判決

原告

桑原耕一

外四名

右原告等訴訟代理人

原田重隆

被告

成重利信

右訴訟代理人

森竹彦

主文

被告は原告等に対し、各金三三万五、六二八円および右各金員に対する昭和四五年一月一日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

原告等のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを二分し、その一を原告等の、その余を被告の各負担とする。

この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

被告において、前項に基づき執行しようとする債権額と同額の担保を供するときは前項の仮執行を免れることができる。

事実

原告等訴訟代理人は、「被告は原告等に対し、各金六七万四、〇二五円および右各金員に対する昭和四五年一月一日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」旨の判決ならびに仮執行の宣言を求め、その請求原因として、

一、原告等は、訴外桑原花香の子である。

二、右訴外花香は、昭和四四年一二月三一日午後四時二〇分頃大分県西国東郡真玉町大字西真玉字金屋九八一番地先交差点において被告運転の自動二輪車に跳ねられて転倒し、そのため同日午後七時二四分頃死亡した。

三、被告は、当時飲酒のうえ、自動二輪車を時速約六〇粁で運転し、前記交差点手前七八米余の地点にさしかかつたところ、同交差点附近に立つている右訴外花香を発見し約四〇米手前まで接近した際同女が横断し始めたのを認めたが、かかる場合自動車運転者としては警笛を吹鳴し、かつ適宜減速徐行しながら同女の動静に十分注視して進行しなければならない業務上の注意義務があるのに、これを怠り漫然同女の後方(進路左側)を通過すればよいと考え、同速度で進行し、一八米位手前に接近したとき、同女が立ち止まつてもと来た方へ引返しかけたのに、被告はなお道路左方を通過できるものと軽信して、そのままの速度で進行を続けた過失に因り、前記事故が発生したものである。

四、被告は、右自動二輪車を自己のため運行の用に供していたものであり、右事故はその運行により生じたものである。

五、よつて、被告は、民法第七〇九条、自動車損害賠償保障法第三条本文により右事故により生じた損害を賠償する義務がある。

六、しかして、右損害は、次のとおりである。

(甲)  訴外桑原花香が被むつた損害

(一)  得べかりし利益の喪失による損害

(1) 農業所得の喪失

訴外花香は明治四四年一月一九日生で死亡当時満五八才であつたが、農業を営み、つぎの所得および収益があつた。

(イ) 畑作、家畜飼育等による所得

畑一〇アールを耕作し、また肥育牛三頭を飼育し、昭和四四年中におけるその農業所得は一九万九、〇六六円であつた。

(ロ) みかん栽培による収益

五年生 二二アール

六年生 一二アール

七年生 一五アール

一一年生 四一アール

のみかん園を耕作管理していたが、昭和四三年二月一三日付豊後高田市農林水産課作成の「みかん収益表」によれば、その収益は

五年生 一〇アールにつき 八、〇五七円

六年生 〃 一八、一六三円

七年生 〃 三八、三六三円

一一年生 〃 七六、五六三円であるから、これによつて右訴外人耕作管理の右みかん園の収益を計算すれば、その年収は、少くとも四一万〇、九七二円となるものである。

右(イ)(ロ)を合計すると、訴外花香はその営農により年収六一万〇、〇三八円を挙げていたわけであり、生活費を右収入の三分の一として、これを控除すれば、年間純益は金四〇万六、六九二円となる。

ところで、同女の平均余命は一六年(端数切捨)であるから、これを前提とする平均就労可能年数は8.2年であり、これにより同女の得べかりし利益の現在価額を計算(ホフマン式による単利年金現価係数は7.278)すると、それは、金二九五万九、九〇四円となる。

(2) 普通扶助料の喪失

訴外花香は、年額二万七、八〇〇円の普通扶助料を受給していたが、その死亡によりこれを失つたので、同女の前記平均余命一六年間に得べかりし右扶助料の現在価額を計算(前記単利年金現価係数は11.536)すると、それは、金三二万〇、七〇〇円となる。

(二)  精神的損害(慰藉料)

右訴外桑原花香は、生前極めて健康であり、夫桑原勝彦が昭和四三年六月六日死亡後は、独力でみかん園九〇アール、畑一〇アールを耕作し、また肥育牛を飼育するなどして農業を営み、家計の中心であつた。

最近四女である原告の操を嫁がせ、さらに長男耕一の婚姻を楽しみにしていた矢先本件事故に遭遇したものである。

右事情に徴すれば同女の慰藉料は金一〇〇万円をもつて相当とする。

(三)  積極的損害

右訴外花香は、その他本件事故により、つぎの損害を被むつた。

(イ) 診療費 金一万五、六四八円

(ロ) 診断書料 金三〇〇円

(ハ) 護送費 金五、〇〇〇円

(ニ) 葬儀費 金一五万円

計 金一七万〇、九四八円

(四)  そうすると、訴外桑原花香が本件事故に因り被むつた損害の合計額は、金四四五万一、五五二円であり、原告等は右訴外人の直系卑属として、右損害賠償債権を各金八九万〇、三一〇円宛相続したものである。

(乙)  原告等が被むつた精神的損害

右訴外桑原花香は健康で、原告等にとつては、父亡きあとの中心的存在であつたので、同女を本件奇禍により失つたことによる精神的打撃は大きく、慰藉料は各金八〇万円をもつて相当とするものである。

七、ところで、原告等は、本件につき自動車損害賠償責任保険により、金五〇八万一、四二七円の支払を受けた。

八、そこで、六項の損害額から七項の保険金を控除すると、残損害額は、金三三七万〇、一二五円となり、原告等の請求額は各金六七万四、〇二五円となるものである。

九、よつて、原告等は被告に対し、各金六七万四、〇二五円およびこれに対する前記不法行為の翌日である昭和四五年一月一日以降完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求めるものである。

旨述べ、また被告の抗弁に対して

一、普通扶助料の相続性等について

被告は、普通扶助料の受給権は一身専属的なものであつて相続の対象となるものではない旨主張するが、不法行為により死亡した者の得べかりし扶助料受給利益は損害賠償債権となるものであるから、それは単純な金銭債権と変りなく、したがつて相続の対象となるに何ら妨げないものである。

また、被告は、扶助料はその性格上受給者の生活費として消費される筈のものであるから、原告等がこの金額を相続するということはあり得べからざるところであるとも主張するが、普通扶助料は生活保護法上の生活扶助のような性格のものでないことは勿論、訴外花香は扶助料のみによつて生活をしていた者ではなく、前記のごとく畑作・肉牛飼育・みかん園耕作等を営み、これによる所得・収益を得ていたもので、同人の逸失利益の計算に際しては、その生活費を該稼働収入に対する必要経費的なものとして右所得・収益中から差引き計算しているのであるから、扶助料は当然生活費として消費されている筈であるという被告見解はいずれにしても承認できないものである。

二、死者の慰藉料請求権の相続性について

被告は、死者が死亡による慰藉料請求権を取得するということは有り得ないことである旨主張するが、この点については既に昭和四二年一一月一日、同月三〇日付各最高裁判決によつて積極的に解決されており、右被告主張の失当であることは明らかである。

三、過失相殺の主張について

被告は、本件事故の発生には、原告にも重大な過失があつた旨主張するが、本件事故当時被告は、時速六〇粁というかなりの高速度で自動二輪車を運転し、(イ)交差点手前七八米余の地点で既に訴外花香を発見し、かつ同所が交差点であることを知りながら減速徐行することなく、(ロ)つづいて約四〇米に接近した際には同女が横断しはじめたのに意に介せず、警笛を吹鳴せず、かつ減速徐行もせずに進行を続け、(ハ)さらに約一八米位に接近した際同女が立ち止まつてうしろを振りかえつたので被告は同女が引返すのではないかと思いながら、なお敢えて道路左方を通過できるものと考え、そのままの速度で同女の進路方向へ進行したものであつて、被告は三重、四重の不注意を犯しており、これが同人が当時飲酒しておつたためと思われるが、いずれにしも本件事故は被告の無謀運転に因るもので、専ら同人の過失により発生したものというべく、右訴外花香には何ら過失がなかつたものである。

四、香典金六万円について

原告等において被告から香典として金六万円を受け取つたことは間違いないが、香典は損害を補填すべき性質を有するものではないから、これを弁済として賠償額から控除すべき理由はない。

旨述べ、〈証拠・略〉

被告訴訟代理人は、「原告等の請求を棄却する。訴訟費用は原告等の負担とする。」旨の判決を求め、答弁として

一、原告等主張の請求原因第一項の事実は不知。

二、同第二項の事実は、概ねこれを認める。

但し、被告運転の車両は原動機付自転車であつて、自動二輪車ではない。

三、同第三項の事実は、これを争う。

四、同第四項の事実は、被告運転車両の点を除き、これを認める。

右車両は、前記のごとく、自動二輪車ではなく、原動機付自転車である。

五、同第五項の事実は、これを認める。

六、同第六項(甲)(一)(1)の事実は不知。

七、同項(甲)(一)(2)の事実は、これを争う。

八、同項(甲)(二)の事実も、これを争う。

九、同項(甲)(三)(イ)乃至(ハ)の事実は、これを認める。

一〇、同項(甲)(三)(二)の事実は不知。

一一、同項(甲)(四)の事実は否認する。

一二、同項(乙)の事実は、これを争う。

一三、同第七項の事実は、これを認める。

一四、同第八項の事実は否認する。

一五、同第九項の事実は、もとよりこれを争う。

旨述べ、また抗弁として

一、普通扶助料の相続性等について

原告等主張のとおり、訴外桑原花香がその生前普通扶助料を受給し、本件事故死によりこれを失つたとしても、扶助料受給権は受給権者の一身に専属し、相続に親しまないものであつて、原告等においてこれを相続することができないものであるから、損害賠償の対象たる逸失利益ということはできない。

仮りにそうではないとしても、扶助料は受給権者の老後の生活保持のために支給される性格をもつものであるから、訴外花香が生存してこれを受給していれば当然その生活費として消費されている筈であり、原告等がこの金員を相続することはあり得べからざることである。

二、死者の慰藉料請求権の相続性について

原告等は、訴外亡花香の慰藉料、しかしてこれを原告等が相続により取得した旨主張するが、死前に死なく、死後に死なき以上、死者がその死亡による慰藉料請求権を取得するということはあり得ず、したがつてまたこれが相続という問題も生じようがない。

三、過失相殺について

訴外桑原花香は、被告が原動機付自転車で進行中の道路を被告進行方向に向い右側から横断にかかり一旦道路中央まで進出した(このとき被告車は右花香まで約一八米の地点を進行していたが、花香の後方を十分通過することができた)が被告車が右花香まで約一〇米の距離に接近したとき同花香は急に左から右に進路を変えて引返しはじめた。

勿論かような至近距離になつては、制動しても停車する前に衝突することは明らかであり、また歩行者もこのような原動機自転車の進路上に進み出る筈もないので、被告は制動の措置をとるよりも、むしろ同女の脇を通り抜けようとしてそのまま走行を続けたものである。

しかるに、被告車が約五米の距離に接近しても、なお右花香は同車の進路上に踏み出して来たので、被告は急制動したが及ばず衝突に至つたものである。

このように、本件事故は、右訴外花香が道路中央から引返して原付自転車の進路上に至近距離から踏み込むという無謀を敢えてした行為に因り発生したもので、同訴外人の過失は重大であり、事故発生につき五割以上の過失があるものというべきであるから、過失相殺を求める。

四  弁済について

被告は、原告が自認する自賠責保険金のほかに、(1)診療費および診断書料として金一万五、九四八円(2)香典として金六万円を原告等に対し支払い済みである。旨日述べ、〈証拠略〉

理由

一訴外桑原花香が、昭和四四年一二月三一日午後四時二〇分頃大分県西国東郡真玉町大字西真玉字金屋九八一番地先交差点において、被告運転の自動車(該車両が自動二輪車であるか、原動機付自転車であるかについては争いがあるが、そのいずれにしても自動車損害賠償保障法第二条第一項所定の自動車であることには変りがない)に跳ねられて転倒し、そのため同日午後七時二四分頃死亡したこと、右自動車は被告が自己のため運行の用に供していたものであり、右事故はその運行により生じたものであること、右訴外花香が本件事故により診療費として金一万五、六四八円、診断書料として金三〇〇円、護送費として金五、〇〇〇円を支払つたこと、原告等が右花香の事故死により、自動車損害賠償責任保険から金五〇八万一、四二七円の支払を受け、また被告から金六万円の香典を受けたこと等の事実については、当事者間に争いがない。

二、本件事故が被告の運転上の過失によつて発生したものであるか否かについて判断するに、〈証拠〉を総合すると、本件事故発生現場は、被告車が進行していた幅員約7.5メートルの国道に対して、左斜めに幅員3.6メートルの旧国道が交差し、さらにその手前で幅員約4.05メートルの左方道路が直角に交差しているいわゆる不整五差路交差点で、その左右道路は人家の蔭になつたり、路面が堀割状で低くなつているため見透しが悪く、なお附近に横断歩道は設けられておらないこと、被告は当時飲酒のうえ、自動車(ホンダスポーツカブ一二五CC、以下単車と略称する)を時速約六〇キロメートルで運転し、右交差点手前七八メートル位の地点にさしかかつたところ、同交差点附近に立つている前記訴外花香を発見し、つづいて約四〇メートル手前まで接近した際同女が該交差点を横断しはじめたのを目撃したこと、したがつてかかる場合自動車運転者としては警笛を吹鳴して自車の進行を知らせるとともに減速徐行して接触衝突等の危険を未然に防止すべき業務上の注意義務があつたこと、しかるに被告はこれを怠り、警笛を吹鳴せず、かつ右同速度で進行したうえ、一八メートル位手前まで接近したところ、同女が立ち止まつてもと来た方へ引返しかけたのを認めたが、被告はなお同女の左側を通過できるものと軽信して依然同一速度で進行を続け、同女に五メートルの至近距離に迫つてはじめて衝突の危険を感じ慌てて急制動の措置を執つたが及ばず左路端から1.75メートルの地点で自車前部をもつて同女に衝突しこれを前方にはね飛ばし、単車は延約16.48メートルのスリップ痕および擦過痕を路面に印象して停止したこと等の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

右事実によると、本件事故は被告の自動車運転者たる業務上の注意義務違反(運転上の過失)にもとづくものといわなければならない。

三しかして、冒頭掲記の当事者間に争いのない事実によると、被告は自賠法第三条所定の「自己のために自動車を運行の用に供する者」に該当するので、同被告は被害者または運転者以外の第三者に故意または過失があつたこと等同条但書所定の免責事由が存しないかぎり、本件事故により訴外桑原花香に生じた人身損害を賠償すべき義務があるところ、前認定のように本件事故は該自動車運転者たる被告の運転上の過失にもとづくものであるから同人は同条本文所定の責任を免がれ得ないものといわねばならない。

四そこで、損害の額につき、以下に考察する。

(一)  〈証拠〉を綜合すると、訴外桑原花香は本件事故による死亡当時満五八才余であつたが、頗る健康で農業を営んでおつたこと、原告耕一も右農業を手伝つておつたが、同人の労働寄与率は概ね20/100(したがつて、右訴外花香の同寄与率は80/100)程度であつたこと、しかしてその営農内容は畑一〇アールの耕作・肥育牛三頭の飼育と、蜜柑園九〇アール(内訳(イ)五年生二二アール(ロ)六年生一ニアール(ハ)七年生一五アール(ニ)一一年生四一アール)の栽培耕作で、前者は年間一九万九、〇六六円の所得を挙げ、また後者はその年間収益が、右(イ)は一万七、七二五円(一〇アールにつき八、〇五七円、なお円位未満切捨、以下同じ)、同(ロ)は二万一、七九五円(一〇アールにつき一万八、一六三円)、同(ハ)は五万七、五四四円(一〇アールにつき三万八、三六三円)、同(ニ)は三一万三、九〇八円(一〇アールにつき七万六、五六三円)でその合計額は四一万〇、九七二円となり、結局右訴外人の営農による年収は計金六一万〇、〇三八円を算しておつたこと、しかして同訴外人は右営農収入の概ね三分の一(したがつて、約二〇万三、三四六円相当額)を生活費に充当費消しておつたこと等の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

そうすると、同訴外人の差引き年間純益は金三二万五、三五三円となる

ものといわねばならない。

ところで、同訴外人の平均余命は、一六年(端数切捨)であることは公知の事実に属するから、これを前提とする平均就労可能年数は8.2年(これに対応するホフマン式単利年金現価係数は7.278)であり、同人の得べかりし利益の現在価額を計算すると、二三六万七、九一九円となる(325,353円×7,278=236万7,919円)ことが、計算上明らかである。

(二)  また、〈証拠〉によると、同訴外人は生前年額二万七、八〇〇円の恩給法上の普通扶助料を受給していたことが認められ、これに反する証拠はない。

そうすると、同人は前記平均余命一六年(これに対応する前記単利年金現価係数は11.536)間に得べかりし右扶助料の現在価額三二万〇、七〇〇円(27,800円×11,536=32万0,700円)を失つたことになるものといわなければならない。

(三)  つぎに、〈証拠〉によると、右訴外桑原花香は、生前病気を知らない健康体の持ち主で、夫勝彦が昭和四三年六月死亡後は独力で蜜柑園九〇アール、畑一〇アールを耕作し、また肥育牛を飼育するなどして農業を営み、生活が安定し最近四女である原告操を嫁がせ、さらに長男耕一の婚姻を楽しみにしていた矢先本件事故に遭遇したもので、実りある人生を全うすることができなかつたものであることが認められ、これによると同人の精神的苦痛を慰藉するには金一〇〇万円をもつて相当とするものというべきである。

被告は、死者が死亡に因る慰藉料請求権を取得するということはあり得ないことである旨主張するが、身体傷害によつて生じた財産上の損害賠償請求権は被害者自身に発生して帰属し、これが相続人に移転するものであることは一般に承認されているところであるから、それよりさらに強く生命が侵害されると、これによつて生じた損害の賠償請求権は被害者が取得できなくなる(したがつて相続人もこれを承継取得し得ないこととなる)ということは、その不合理であること自ら明白であり、また理論上も死は傷害の極限概念としてとらえることが可能なのであるから、この点に関する最高裁判決(昭42.11.1、集21.3.3参照)に従つて積極に解するのが妥当であり、被告の右主張には賛し得ない。

(四)  なお、〈証拠〉によると、右訴外人の死亡に因り約金一五万円の葬儀費を要したことが認められ、右認定を動かすに足る特段の反証はなく、かつこのほか同人の治療費として金一万五、六四八円、診断書料として金三〇〇円、護送費として金五、〇〇〇円を要したことについては、当事者間に争いがない。

五そうすると、訴外桑原花香が本件事故に因り被むつた総損害額は、前項(一)乃至(四)の合計額である金三八五万九、五六七円(2,367,919円+320,700円+1,000,000円+170,948円=3,859,567円)であり、原告等は右訴外人の直系卑属(このことは、〈証拠〉によつて認められる)として右損害の賠償請求権をその相続分の割合(各五分の一)により各金七七万一、九一三円宛承継取得したことになるものというべきである。

六ところで、被告は、前記のごとく遺族扶助料は、その性質上相続性を欠くものであつて原告等の損害賠償請求権の内容とはなり得ないものである旨主張するので検討するに、同扶助料は法律(恩給法)によつてその受給権者の範囲・順位等が定められている(同法第七三条)ので、当該受給権者の固有の権利であり、また右受給の権利は原則としてその譲渡・担保・差押を禁ぜられておる(同法第一一条第一項本文、第三項本文)うえ、受給権者の死亡によつて消滅する(同法第九条第一項第一号)ものとされておるのであるから、一身専属的なものとみられ、したがつて受給権者が自然死等他人の責に帰すべからざる事由によつて死亡した場合のごときにおいては、当該受給権は即時消滅し相続の対象となるべき余地の存しないことは明白で(民法第八九六条但書参照)、このことは扶養的請求を内容とする同種の一身専属的権利等についての一般的な所見(我妻栄・親族法一五八頁、四一二頁、ドイツ民法第一六一五条等参照)と、とくに別異に解すべき理由は存しないものといわねばならない。

しかし、同扶助料が本質的には財産上の権利に属するものであることは、法がこれを定期金債権の性質を有するものとして経済変動に伴う年金額のスライド制(恩給法第二条の二)、一定期間(七年間)の権利不行使による消滅時効の完成(同法第五条)、未受領給与の相続人承継(同法第一〇条)、一定範囲での金融担保性附与(同法第一一条第一項但書)、滞納処分の対象可能性(同法第一一条第三項但書)等について規定しておることから疑いがなく、そうであるとすれば当該受給権者が交通事故等第三者の不法行為により死亡した場合等においては、同権利者が右加害に遭わずしてその余命期間生存し得たらんには受け得た筈であるところの該扶助料受給利益は財産上の損害に対する賠償請求権、すなわち金銭給付を目的とする通常の金銭債権に転化するものであり、しかして当該受給権者が生前にあらかじめ当該請求権の放棄ないしその不行使の趣旨に出た意思表示をしておる等特段の事情の存しない限り、同人は当然右請求権を行使する意思を有したものと解釈するのが妥当であるから、右賠償請求権は被害者たる受給権者に発生して帰属し、これが相続人に承継取得されるものと解するのが相当であるといわなければならない。

また、扶助料は、その受給権者が一人に特定されてはいるが、法律の趣旨は公務員などの死亡者本人(本件の場合は訴外花香の亡夫勝彦)と生計を同じくしてきた遺族(本件の場合は、右花香および原告等)をいわば集団としてとらえ、その代表者ないし総代者に(本件の場合は右花香)に一括して遺族給付として扶助料を交付するという考え方を基底に置いて受細者を定めておるものであり、その権利者の定め方は排他的・固定的なものでなく多分に包括的・流動的なものとみられる(同法第七二条第一項、第七三条の二、注釈民法二五巻八四頁等参照)ので、右扶助料の受給利益は右花香以外の遺族である原告等もこれに均霑し得る潜在的地位にあつたものというべきであり、また反面右花香も右扶助料のみで生活を保持しておつたものではなく、むしろ前記農業(蜜柑栽培を含む)収入に依存しておつたものである(原告等も本件請求において、右花香はその農業収入の三分の一相当額を生活費に充てておつたものとしている)から、被告主張のごとき同訴外人が生存して該扶助料を受給しておつたとしてもそれは悉皆同人の生活費として費消されてしまうべきものであり、したがつて原告等においてこれを相続するということはあり得べからざることであるとする考え方も失当であるといわねばならない。

七つぎに、右訴外桑原花香は、前記のごとく健康体で、かつ原告等にとつては父亡きあとの物心両面における一家の柱石的存在であつたので、同訴外人を本件奇禍によつて失つたことによる原告等の精神的打撃は大きく、これが苦痛を慰藉するためには、被告からの前記香典(六万円)や今日における斯種事故に因る死亡者が一家の柱石的存在であつた場合における慰藉料の一般的基準(全国的裁判例の指標とされている東京・大阪両地裁における右基準が死亡者本人および遺族を含み概ね総額四〇〇万円という枠づけの中にあるとは、当裁判所に顕著である)等を斟酌のうえ、原告等につき各金五八万円をもつて相当とするものというべきである。

原告等は、香典は損害を補填すべき性質を有するものではないから、これを弁済として賠償額から控除すべき理由はない旨主張する。

たしかに、香典は、とくに損害賠償の一部として支払われたものでないかぎり単なる贈与の性質を有するにすぎないものというべきであるが、しかし、それによつて多少なりとも遣族の被害感情を緩和し、その失つた精神的利益の回復可能性を増大せしめるものであることは疑いない(注釈民法一九巻二〇七頁参照)ところであるから慰藉料の算定に当つてこれを斟酌することは許されるものといわなければならない。

八以上によると、原告等は被告に対し、右五および七の合計額である金一三五万一、九一三円(77万1,913円+58万円=135万1,913円)宛の賠償請求権を取得したものというべきところ、原告等が本件につき自賠責保険により金五〇八万一、四二七円の支払いを受けたことは当事者間に争いがないところであるから、弁済に関する法定充当の規定(民法第四八九条第四号)を類推してこれを同人等の相続分(1/5)により按分し(按分額は各金一〇一万六、二八五円となる、)、右賠償請求額から差引くと、原告等の請求額は、各金三三万五、六二八円(1,351,913円−1,016,285円=335,628円)となることが計数上明らかある。

被告は、原告等は右自賠責保険金のほか診療費および診断書料として計金一万五、九四八円の支払いを受けている旨主張するが、これを認めるに足る証拠は存しない。

九被告は、訴外桑原花香は被告運転単車の進路上に至近距離からふみ込むという無謀を敢えてしたのであるから、本件事故の発生については同訴外人の側にも重大な過失、すくなくとも五割以上の過失があり、当然過失相殺せらるべきものである旨主張するが、右事故発生の原因、態様等は前認定のとおりであつて、右訴外人が被告において予測し得ないような行動で単車の進路上に至近距離から敢えてふみ込んだという事実はこれを認めるに足る証拠がないのみならず、〈証拠〉によれば右訴外人は衝突地点から被告車の進路方向に向い16.7メートルもはね飛ばされており、かつスリップ痕が約10.1メートルの長さにわたつて印象されておることが認められ、これによると、衝突時の衝撃はかなり大であつたことが窺われ、被告が相当高速度で現場を通過しようとしたものであることが明認できるので、右訴外花香に被告車の接近によつて多少挙措に迷つた行動がみられるとしても、被告の右過失の態様ならびに同人が右犯時酒を飲み運転をしていたことなどの事実と対照するときは相殺に値いする程度のものとは認め難いので、結局被告の過失相殺の主張はこれを採用するに由ない。

一〇結び

以上のとおりであるから、原告の本訴請求中右判示範囲の各金額およびこれに対する本件事故発生の翌日である昭和四五年一月一日から完済まで民事法定利率年五分の割合による各遅延損害金の支払いを求める分についてはその理由があるからこれを認容しその余は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九二条本文、第九三条第一項本文を、仮執行ならびに同免脱宣言につき同法第一九六条第一、三、四項をそれぞれ適用のうえ、主文のとおり判決する。 (石川晴雄)

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